2016年7月3日日曜日

「さんびきのくま」のおいしい話①

露語版「さんびきのくま」
今回は食べ物の話。突然ですが、皆さんはあの昔話「さんびきのくま」で森で迷った女の子がくまの家で勝手に食べた食べ物は何だと思っていらっしゃいますか?


このお話ですが、トルストイの文、ヴァスネツオフの絵の絵本を思い浮かべる方も多いのでは、と思います。その場合は答えはスープ。となるのですが、昨年「TRNSIT」という雑誌を読んでいましたら、ロシアの絵本のコーナーで、同じくトルストイ作の「さんびきのくま」の文章の一部が掲載されていて「カーシャ」を食べたという記述があったのです。

まず、「カーシャ」とは何?について。蕎麦の実が一般的なようですが、穀類を柔らかくミルク、バターとともにどろどろに煮込んだもの、およびミルクなしで塩味のものなど、作り方、味付け、濃度などはかなり幅広い食べ物。現在は、簡単なインスタントのものが出回っているようです。どろっとしているけれど、でも、スープとは違う料理です。

ってことで、前述の雑誌のカーシャ記述も手がかりとして、トルストイ絵本日本版で「スープ」になっているのは、もともとロシア語では「カーシャ」だったのだけど、日本に馴染みのない食べ物だったので、翻訳するときに日本の子どもにもわかりやすく「スープ」としたのでは、という推理をたててみました。しかし、トルストイ作の同じ画家のロシア語版「さんびきのくま」を取り寄せて調べてみると、問題の食べ物の表記はПОХЛЁБКА「スープ」でした。あらあら。

2015年1月30日号
「カーシャ」?「スープ」?そして、もうひとつ、日本では「おかゆ」という答えもわりとポピュラーなのかな、と思います。これは「さんびきのくま」はもともとイギリスの昔話で「イギリスとアイルランドの昔話」(福音館文庫)方面を読まれた方の答えは「おかゆ」となるかと思います。

このイギリス版「さんびきのくま」、実はルーツをたどるともともとは昔話ですが、文章化された際、主人公は最初はおばあさん!で、それが後に変化して、金髪の少女、その名もゴールディロックスとなり、現在では「ゴールディロックスとさんびきのくま」というタイトルも親しまれているようです。そこで、このタイトルのアメリカ版英語絵本を2冊図書館から借りて調べてみました。注目の食べ物の表記はPORRIDGE。オートミールをどろどろに煮て粥状にしたもの。日本語訳ではこれが「おかゆ」という表現になるわけです。

日本では概ねこの「おかゆ」と「スープ」が一般的なのではないでしょうか。面白い例があります。2007年三鷹の森ジブリ美術館で開催された「さんびきのくま」展、そのパンフレットですが、ジブリの展示会自体ははヴァスネツオフ版をもとにしているので、展示物食べ物は「スープ」設定ですが、パンフレットの「おはなしのいわれ」という文章の中では「おかゆ」という言葉があたりまえのようにさらっと出てきています。まさかのダブルスタンダード現象です。

ジブリ美術館企画展示パンフ2007年
その一翼を担う「スープ」が登場するヴァスネツォフ版ロシアの「さんびきのくま」はこのジブリパンフレットにもありますが、もともとはイギリスの昔話であったお話を、トルストイがロシアの子どもたちのために書きなおしたもの。その途上で、PORRIDGEという言葉を、ロシアの子ども向けにПОХЛЁБКА「スープ」という言葉で表現したと考えることができるかと思います。「スープ」とはいってもПОХЛЁБКАは辞書を見ると小麦粉やジャガイモのスープを指すとあるので、どろどろっと感があるようですし、PORRIDGEとイメージは近いですね。

②に続く






「さんびきのくま」のおいしい話②


①の続き 
では、最初にもどりますが、「カーシャ」はどうなの?ということになります。トルストイについては、「さんびきのくま」を何度か書いており、その際に「スープ」と「カーシャ」(もっとあるかもしれないが)の書き分けがあったということなるのでは、と推理したいと思います。

ロジャンコフスキー版
実際、さきほどのパンフレットを読むと、トルストイは、ロシアの子どもたちのためにいろいろなお話を10回以上改作を重ねて作ったと書いてあります。このお話も改作を重ねるその途中で、「スープ」がやはりドロドロした穀物系PORRIDGEとイメージが重なる「カーシャ」になり、(または「カーシャ」が「スープ」になり)と考えられるのではと思うのです。カーシャだけに目がくらんでおろそかになっていましたが、雑誌TRNZITのその他の文章もヴァスネツオフ版とは随分異なります。どちらが先に書かれた話なのか、そもそも、「スープ」「カーシャ」のそれぞれの選択理由も気になります。

よく知られたシンプルなお話ですが、伝承物語ならではのお話の内容の変化があり、たったひとつ登場する食べ物も、国境を越えた時に多分わかりやすさや親しみやすさを考慮して自国にある料理名に変わり、作者の書き直しによっても変わり、ということなのではと思います。

で、現在ロシア人はどう思っているかなんですが、ほぼカーシャが優勢ではないかと思っています。私のロシア語の教材のお話でもカーシャです。実はロシアに行った際、何人かの人に聞いてみたのです。確か一人を除いてカーシャという答えが返ってきました。印象的だったのははっきりとスープと答えた小学生の女の子でした。

これはスープ
この女の子は双子なんですが、もう一人の女の子はカーシャと答えているのです。同じように育って多分同じ本を読んでいるはずなのに。お母さんも驚いて首をかしげていましたが、その女の子は絶対スープと言い張りました。彼女がどこかでスープ版「さんびきのくま」を一人で読んだのでしょうか。ちょっと面白い話だなと思っています。

PORRIDGEとカーシャについては、まあ穀類を煮るということから(スープよりも)同じようなものと言えるのかもしれません。というのも、ロシアから亡命した画家ロジャンコフスキーがアメリカで描いた「さんびきのくま」が最近ロシアで復刻出版されたので取り寄せて見てみたら、こちらは「カーシャ」表記でした。特に作者は記されていないものの、アメリカ版を露訳した絵本です。とするとカーシャの原語は何だったのでしょう。PORRIDGEという言葉が使われていたと素人なりに考えると、ロシア語版で堂々КАШАカーシャとなっているのは、ほほ同じ食べ物としての判断があったからだと推測されるからです。

カーシャを作ってみた
どうでもよいような、でも、同じ話でも同じ作家でも食べ物の表記が異なったり、国を越える時に異なってくる…このことから読者も人によってお話の食べ物のイメージがそれぞれ違うっていうのはちょっと面白いなと思ったわけです。というのも、原語をたどれば、概ねそんなにイメージの相違はないように思ったりもしますが、特に日本語にした時の「スープ」や「おかゆ」という表記はそれはそれで結構イメージがぐっと広がるというか、ゆえにもとの食べ物のイメージから離れてしまっているとも考えられますし。

先日行ったあるお人形の展示会ではこの食べ物は「ボルシチ」!!設定でした。もう、何でもありかもしれません。統一イメージとしては、どろっとした温かい食べ物だったということでしょうか。迷子の子がちょっと食べてみたくなるような。きっとそれは、優しくてほっとする味だったに違いないでしょう。熊のお母さんが家族のために心をこめて作ったのですから。


前回「ロジャンコフスキーさん」で書いていたことの答えを記します。
「さんびきのくま」に白樺の木はやはり登場していました!




参考・参照文献
TRNSIT27号(講談社)
「さんびきのくま」(福音館書店)
ТРИ МЕДВЕДЯ9785903979776
GOLDILOCKS AND THE THREE BEARS0399221212
GOLDILOCKS AND THE THREE BEARS0200728563
「三鷹の森ジブリ美術館企画展示 さんびきのくま」
「こどもとしょかん」139
「絵本世界の食事18 ロシアのごはん」(農文協)


2016年6月20日月曜日

マトリョーシカをめぐって

 
「マトリョーシカとロシアの玩具展」風景
昨年ロシアに行った際、ヴェルニサーシという民芸品の大きな市場で素朴な表情ときれいな色合いが気に入って小さなマトリョーシカ人形を買いました。中に4体のマトリョーシカが入っていて、並べて飾っていると何だか楽しい気分になりますしとても気に入っています。

そう、こんなふうにロシアに行けばマトリョーシカ!と思っている方はたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。ロシアのおみやげの代表選手ですね。日本では特に大人気で輸入量が世界一だと先日のマツコの知らない世界でも言っていました。

最初期のマトリョーシカ
そんなマトリョーシカ。その誕生は1890年代、国をあげての伝統工芸復興の気運高まる中、鉄道事業を始め文化事業、伝統工芸、玩具制作など手掛けていたアナトリー・マモントフ夫妻がモスクワに開いた「子どもの教育」という店の工房「子どもの教育」で生まれました。旋盤工はズビョーズドチキン、画家はマリューチンです。画像は同じ作家の作品です。(スペースシャワーブックス刊「ロシアのマトリョーシカ」より)

マトリョーシカを作るにあたっては日本の箱根の入れ子細工人形を参考にしたという説が有力とされています。マトリョーシカはその後1900年のパリ万博で注目され一躍世界で愛されるロシアの民芸人形ナンバーワンの存在となってゆきます。

「マトりリョーシカちゃん」福音館書店刊
箱根の入れ子人形が遠いロシアの地のマトリョーシカ誕生に影響を与えたとするならば、絵本の世界でもこのマトリョーシカにまつわる国を越えた関わり合いがあります。加古里子さんの「マトリョーシカちゃん」(福音館書店)という絵本があります。2013年「母の友」10月号(福音館書店)によると、この絵本出版は、加古氏が集めていたソ連時代のロシアの絵雑誌の中の1冊との出合いがきっかけだということです。

加古氏はこの雑誌の中のマトリョーシカの絵話に感心して、最初は機関誌に掲載し、後に日本語版の絵本として「マトリョーシカちゃん」を出版したのです。内容は、マトリョーシカちゃんが4人の名前でお客さんを招待しますが、次々やってきたお客さんはマトリョーシカちゃんしかいないのでおこりだし…。いうマトリョーシカの特長を盛り込んだ可愛らしいお話です。

そして、このロシアのマトリョーシカの絵話と加古氏の出合いの物語はこれで終わりではありませんでした。当時、どうにかして日本の民族性を表現した絵本が出せないかという気持ちを持っていた加古氏は、「マトリョーシカちゃん」を見て、「郷土玩具は、我々の先祖のセンスと思いが表れたものとしていいな、これはいただこう…」(前述「母の友」より)とひらめき、日本の郷土玩具の絵本を作ろう!と思いいたったというのです。それでできたのが、ごぞんじ「だるまちゃん」絵本だったんです。

その誕生に日本の郷土玩具がヒントを与えたとされるマトリョーシカ。それが絵話となり雑誌に掲載され、はるばる日本へ来る、それを見た日本の絵本作家がインスピレーションを得て日本の郷土玩具だるまの絵本を作っているんですね。(そして加古氏の「だるまちゃん」シリーズは世代を超えて愛され続けている人気絵本であることは周知の事実)
1920-30年幻のロシア絵本「おもちゃ」より

加古氏も言っていますが、だるまのルーツをたどれば印度にいきつくでしょう。でも「真っ赤な色と手足をなくしたあの形は日本人の感性が作り上げたもの」であり、同じくマトリョーシカも日本の七福神人形がベースにあったとしてもロシアの伝統と技術と民族意識、美意識などが結集され、新しく創造されたものです。(ここまでくると、七福神人形の誕生の背景も気になりますが、きりがありませんね)

文化というものが、海を越え、国を越え、時代を越え、影響し合い、刺激をし合って、そして新しい創造の展開を見せていくさまは、あたかもマトリョーシカの入れ子がどんどん出てくるようなイメージ、と思うと楽しいかもしれません。

さて、実は、私は今回いろいろ調べる中で、箱根の七福神人形という自国の郷土玩具の姿、形を本のページ上の写真でですが、初めて見ました。これまで箱根に出かけた際出合っていたのかもしれませんが、関心がなかったせいか、残念ながら記憶にはなく…今まで知らなくてごめんさないという感じです。

めぐりめぐって、マトリョーシカに教えてもらった七福神人形。ぜひ本物が見たくなりました。



参考文献:「ロシアのマトリョーシカ РУССКАЯ  МАТОРЁШКА」
        スペースシャワーブックス刊
       「母の友」2013年10月号 福音館書店刊





2016年3月11日金曜日

絵本出版2冊目。の「あとがき」

 

 昨年の11月になりますが、カランダーシは2冊目の絵本「わいわいきのこのおいわいかい きのこ解説つき」を発行しました。で、あっという間に今年ももう3月。大変遅ればせながらではありますが、簡単な「あとがき」のようなものをまとめました。


 今回は国際アンデルセン賞受賞画家マーヴリナのきのこの絵本です。しかもきのこの種類の名前がそのまま出てきている絵本です。お話自体は素朴でわかりやすいものですが、きのこに関しては専門的な監修が必要だと思いましたし、さらにきのこにフォーカスして巻末に解説をつけたいと思いました。

 お世話になったのは、国立科学博物館の保坂健太郎博士です。世界中のきのこの調査、研究で活躍されているとてもアクティブな先生です。絵本出版にご理解をいただき、お忙しい中、お力添えいただけましたことは本当に幸いなことです。


 実は、先生に絵本をお見せして、当初思っていた以上にこの絵本が本格的きのこ絵本であることがわかりました。きのこそのものはもちろん、服装、持ち物…などなどにもきのこの特性が反映されていたのです。先生がミステリーの謎解きのように次々と絵を見ながらお話ししてくださるのをお聞きしながら、正直驚き、そしてすっかり奥深いきのこの世界に魅了されてしまいました。

 マーヴリナの描くきのこたちは、それぞれ擬人化されとても個性的です。そして、その個性の表現がきのこそのものの特性を見事なまでに反映しているのです。マーヴリナ自身のきのこの知識やきのこに対するイメージもきっと取り入れられているのでしょう。

 博士には、巻末の解説もお願いいたしましたが、普通の図鑑の解説文のような内容ではなく、解説エッセイのようなものがいいのでは、というご提案をいただきました。こうして読み応えたっぷりの、専門的なのにわかりやすい「きのこはかせのかいせつ」が生まれることになったのです。

 この「きのこはかせのかいせつ」は面白いと好評です。小さいお子さんは大人に「かいせつ」を読んでもらって、さらに一緒に本文の絵を見ながら楽しんでてくれれば嬉しいと思います。保坂先生のお力を借りて、きのこという専門分野をわかりやすい形にして皆様に届けることができたのはよかったと思っています。

 さて、ロシアはきのこの国。きのこ狩りも日本にくらべると一般的なことで、実際に子どものころから郊外や森に出かけてきのこをとり食すことは珍しいことではないようです。この絵本はそういう国の絵本です。この絵本の原書が作られた当時(1950年代)はもっときのこ狩りがさかんだったと想像できます。多分、この絵本はそんな時代に、楽しいきのこのお話絵本として作られた、とも思いますが、小さい子どもがきのこの種類を覚えることにも用いられたのではと思います。

 この絵本、お話の中では、毒きのこに対して情け容赦がありません。「かいせつ」にあるように宗教的な背景でこのことを考えることは重要です。プラス、やはりこれはきのこ狩りが身近な子どもたちへの、毒きのこは食べられるきのこと一緒に混ぜてはいけない、という現実的、実践的な「ガチな」教えなのでしょう。

 でも、まあ、そんなこんなはそれとして、とにかく、とにかく、まずはこの巨匠マーヴリナの描くザ・ロシアの元気なきのこたちを、ひとつひとつよーく見ていただければと思います。「なんて表情豊かなきのこたちなんだ」ときっと驚くことでしょう。そして、「かいせつ」を読んでいただいて、さらにきのこたちと仲良くなっていただけたらと思います。

 制作的には1作目とはまた違うチャレンジでしたし、もろもろ頭抱えることもありましたが、絵本の中のにぎやかなきのこたちに励まされながら何とか新しい翻訳絵本を世に出すことができました。本当にありがたいことです。

 子どもから大人まで誰でも楽しめる絵本です!
 まだご覧になってない方は是非お求めくださいますようお願い申し上げます! 
 
 
 
  



2015年10月11日日曜日

カランダーシのロシア旅④「モスクワ郊外・ダーチャできのこがり」

屋根裏にツバメの巣が
 きのこの絵本「わいわいきのこのおいわいかい きのこ解説つき」を作ることもあり、ロシアに行くなら、きのこ狩りができたら、と何のアテもないのにロシア語の先生に話しをしたら、ロシアのMさんに伝えてくださり、「ダーチャ(田舎の家)へどうぞ」というお返事をいただいて…ということがあり、そして、とうとう、Mさん、ご主人、2人のお子さんと一緒にモスクワ郊外へ行く日がやってきた。

ご一家のダーチャはとってもモダンでスタイリッシュでかっこよくて、それがご主人の設計だと聞いてそれまたかっこいいなと感心したのだけど、10年かけてまだ完成ではない、っていうのもかっこいいな、と。実際、ロシアの男の人たちは長い年月かけてダーチャを自分で作ったりするようなのだ。ご主人もコツコツ、イチから自分で作り上げてきて、今は大工さんが一人住み込み!で完成まであと少しの工事を請け負っている。壮大な人生の一大事業、大変だけどその充実感はうらやましいと思う。去年はまだお客さんをよんだりできなかったそうで、私はよい時期にお邪魔させていただいたようだ。


ニワトリの家
朝早く、Mさんとお子さんたちと近所へ散歩。空気は澄み、空はどこまでも青かった。ありがたいことにとてもいいお天気だったのだ。ダーチャの集落のわきの道を歩く。鶏も道を歩く。道すがら鶏の小屋が建っていて、扉が開いていて放し飼いなのだ。驚いたのは、草の植生。オオバコや赤つめ草、なんだか日本の原っぱとそんなに違わない。でも、ここで私は生まれて初めてイラクサというものに出合う。「白鳥の王子」でその名を知ってから随分たつが、後でその棘の痛みを実感することで、やっと大昔に読んだ物語の真実が理解できたわけだ。ホントに痛かった。

静かな池
きのこ狩りはご主人が隊長さんだ。森をよく知っていて、きのこがとれそうな場所まで車で出かける。いや、その前にしっかりと装備を固める。長袖、長ズボン、長靴、帽子、虫除けスプレー。きのこを入れるためのバケツ。さあ、出発。麦を刈り取った跡の平原の脇の明るい白樺の林。ここでもいくつかのきのこを見つけたけれど、食べられないものも多く、代わりに?捨てられていたゴミをMさんご夫妻は丁寧に拾っていた。Mさんご夫妻は環境への意識が高いのだ。

次の場所はやはり白樺が目立つけれど、うっそうと込み合った本格的な森。自然の深みにに足を踏み入れていく感にちょっと身震い。でも、隊長さんがいるから大丈夫。彼にとっては勝手知ったる森なのだ。先頭を迷わず歩いて行く。そして、ちゃんときのこを見つけてくれるのだ!茶色い帽子をかぶったきのこ。赤っぽい帽子のきのこ。その2種類のきのこがその日のメイン2種類のきのこ。ヤマイグチとキンチャヤマイグチだ。隊長が先に見つけると、「この範囲にあるから見つけてごらん」ときのこ狩りレッスンをしてくれる。なるほど、子どもたちはこうやってきのこ狩りの勘を養っていくのか…きのこ英才教育だ。いいなあ。
★ヤマイグチ
★ベニテングタケ

森深く
だんだん、森に慣れてくるというのか、きのこに意識が集中してくる。もう頭にはきのこのことしかない。ひたすらきのこを探す。きのこ、きのこ、きのこ。そして、こうやって歩いていると、ふと「きのこと目が合う」ようになってくる。それは不思議な感覚だ。なーんにもない、と見えるフレームの中で呼ばれるようにきのこにフォーカスが合う瞬間!駆け寄る、確認する、隊長に知らせる。褒められる。なんて楽しいんだろう!ビギナーズラッキーなのか、新参者の私もたくさんのきのこを見つけることができた。
★キンチャヤマイグチ


大きい!
私たちはまるで、マリー・ホールエッツの絵本のように列を組んで森の中を進んだ。子どもたちは枝を見つけたり、遊びながら森を進む。森の中へ中へ。もう、北も南も分からない。さらにいえば、過去も未来もない、大げさに言えば世界の全てが森で、今その時だけを生きている感覚というのかなぁ。少なくとも私は幸せだったなぁ。と今でも思う。森と相性がよかったのかな。

たくさんのきのこがとれて、それで私たちはいい気分だったのだけど、さらに嬉しい瞬間がやってきた。ヤマドリタケ(ポルチーニ)を見つけたのだ。ぷっくりとしたきのこの王様。隊長は生でスライスして食べさせてくれた。その馥郁たる香り!

★ヤマドリタケ
ベニテングタケは美しかったし、他にも、何種類かのきのこに出合った。でも、食べられないきのこ、食べるのに手間がかかるきのこに対しては、さして関心は持たない。そう、忘れてはいけない。これはダーチャにおける大切な食料調達の仕事なのである。きれい、かわいい、ではお腹はいっぱいにはならない。

すでに、帰り道など分からない。さんびきのくまの女の子気分だ。でも、隊長さんはすごい。ちゃんと車まで迷わずに歩いていくんだな、これが。天晴れ。

ダーチャでは、きのこを並べて記念撮影。それから、シャシリク!庭でMさんがマリネしておいてくださった鶏肉を串で刺して、隊長さんが蒔で起した火で焼く。私はキッチンでMさんの助手。きのこを切ったものをバターでいためた。ビーツとじゃがいもとピクルスのサラダなどなどのごちそうがテーブルに並ぶ。Mさんが素敵な新しいクロスをかけてくれた。どれも素材の味がしっかりとしていてとてもおいしかった。そして、きのこはエキスが溶け合い、しみじみ滋味深かった。
うまし!

たくさんとれたきのこはカットして袋に小分けにする。冷凍するのだ。庭のプルーンもたくさん収穫して洗って種を取る。これも袋に小分け。ジャムにしたりコンポートにしたりするそうだ。そうそう、同じ庭の別棟に住む隊長のお父様の作ったプルーンのコンポート
プルーン
もおいしかったな。たくさんとれたら、たくさん仕事もある。ダーチャは優雅に休むところではない。というのは本で読んで知っていたけど本当だ。畑を作り、果樹を育て、森ではベリーやきのこをとり、その世話や処理や料理に追われる場所。そして、それは家族の大切な食料になる。

ダーチャ集落の夕暮れ
全ての後片付けをして、ダーチャを後にするのはもうすっかり夜も更けた頃。お父様と日本の水害のことを心配してくれていた大工さんともご挨拶をして車に乗り込む。
空には星が見たこともないような大きさで輝いていた。私は車窓から見える深い森に心の中で「ありがとう。さようなら」と挨拶。まあ、私の魂の一部はあの森に置いてきた気もする。

ホテルの部屋に戻ると、ハート型の風船が天井にぶつかっていて、テーブルにはケーキが置いてあり、「HAPPY BIRTHDAY」とチョコでお皿に書いてあった。そう。その日は私の誕生日だったので、ホテルのサービスだ。遠い旅先で迎えた誕生日。贈り物は森からたくさんいただいた。忘れられない誕生日。Mさんご一家には大変感謝している。特に日露の大きなプロジェクトに関わったり、大きなお仕事をバリバリこなすMさんに、とても個人的なモスクワ珍道中におつきあいいただけたことは本当にありがたかった。また、その中で、色々子育てのことや、あれやこれやをお話しさせてもらったことも心に残っている。私は本当はとても心細かったんだと思う。でも、乗り切れたのは、Mさんに助けていただいたからだ。






このダーチャでのきのこがりで、漠然としたイメージにすぎなかったロシアの森ときのこ、きのことロシアの人々の様子について実際にこの目で見て確かめることができた。新刊の絵本「わいわいきのこのおいわいかい  きのこ解説つき」の中に出てくる「うっそうとしたポプラ」のざわめきやトウヒの松かさを目の当たりにし、そして登場人物?の★ヤマドリタケ、★キンチャヤマイグチ、★ヤマイグチ、にも出合えただけでなく触れて収穫して食した。★ベニテングタケの赤にはっとさせられ、街の市場では★アンズタケも見た。食品店では干したヤマドリタケやたくさんの瓶詰めや缶詰。食生活の中のきのこの存在の大きさもよくわかった。


昔からロシアの人々の身近にあったきのこ。それには森と人とを繋ぐダーチャという存在も大きい。森の国ロシア。きのこの国ロシア。絵本の背景を実感することができたのは本当に大きな収穫だ。また、あらためて、マーヴリナのきのこの描き方は素晴らしいなと気づかされている。そして、保坂先生の解説にある「共生」という言葉を考えてみたりしている。

きのこを身近に!
新しくできる絵本で、きのこをもっと身近に感じてもらったり、そもそもきのこにはたくさんの種類があることが伝わったり、解説を読んで森との関連性を知ってもらったり、ひいてはロシアの人ときのこの深い関係性を知ってもらったり、そんなふうになれば嬉しいなと思う。またこのきのこ狩りで得たものも何か役立てることができたら、と思う。

そうなれば、ロシアの森のきのこたちもきっと嬉しいはず…と思おう。
(カランダーシのロシア旅ブログはこれで終わりです。ふう)

森からの贈り物


★は絵本に出てくるきのこです。

「わいわいきのこのおいわいかい きのこ解説つき」


2015年10月2日金曜日

カランダーシのロシア旅④(ロシア国立子ども図書館を訪ねて)

この建物の一部が図書館
 国立子ども図書館訪問。国立でなくてもよかったのだけど、児童図書館には行ってみたかった。ある国に行った時、動物園と図書館を見れば「何か」が分かると思う気がします。(私のように、主要観光スポットをすっ飛ばしていきなり訪ねる場所でもないのかもしれませんが)でも、ロシアの子どもと家族の様子を見るのが旅のテーマだし、子どもと本との関わりも見てみたかったので、図書館行きは私にとってマスト。かなり楽しみでした。

 ですが、「あれ?なんだか、期待していたイメージと違う」というのが、地下鉄の駅を降り、図書館の建物の外観を見た瞬間の私の反応です。大きな集合住宅の一部が図書館だということで、外見はちょっと無愛想だなと思った次第。でも、近づくと、サイトで見ていたおなじみのマークのついた扉があるし、さあ、いよいよ入館です。

入口。図書館のマーク
 とは、簡単にはいかない。まず入ると、広いロビーのような場所があり、左手にオープンロッカースペースがあり、ハンガーにコートをかけ、大きな荷物などを置くようになっています。特に番号札などはありません。で、正面は入館ゲートですが、ICカードをタッチしないと入れない仕組み。新参者は必要書類に記入して、右手の受付の(審査)をパスしなければ中に入れないのです。今回は通訳としてMさんに同行していただいていたので、書類記入、(審査)も無事終えて中に入れましたが、一人だったら、どうしたでしょうね。受付には年配の婦人が2人いて、ちょっと厳しそうですし、実際、学生の書類の不備をぴしぴし指摘していました。(審査)とは大げさかもしれませんが、身分証明書の提示、書類のチェック、最後に顔写真を撮られます。で、晴れていただいたカード。裏面に名前、生年月日などが記載されています。

吹き抜けホール
まず、ゲートを入ると広い廊下があり、正面に小規模なホールが見えます。そして、この廊下は展示スペースにもなっており、「戦後70年」というテーマで壁もペインティングされていましたし、ガラスケースには関連書籍、突き当たりのホールでも関連の展示やシュミレーション映像などが流れていました。結構、力が入っている感じです。ホールは吹き抜けで、子どもたちは映像の前に集まっていました。児童図書館の児童としての対象年齢は確か18歳まで。ですから、展示も幅広い年齢層に向けて、ということになります。

 と、ここまでは共有スペースですが、ここからは、ホールの周りにある年齢で区切った個別の部屋を訪ねます。まずは、05歳小さい子たちのためのお部屋です。優しい、家庭的な温もりのある雰囲気です。窓からは木々の緑。カーペット、ぬいぐるみ、民芸品のホフロマ塗りの小さな椅子、丸いソファ、手造りのペチカ。ここの本は貸し出しできません。ここにある本はここで読むため、または読んでもらうためのものです。書棚を見るとラチョフの動物民話集がありました。本を開くと手書きの図書カードが。1972年刊の本など、昔からの本がたくさんあります。
小さい子たちの部屋
 次は0歳~10歳のための部屋で、今度は借りられる部屋。私たちが行ったのはその後、6歳~10歳の借りられない部屋、11歳~高校生以上の借りられる部屋、あとは、自然科学の部屋、文芸書の部屋、海外の本の部屋などです。他に音楽の部屋、集会などができる部屋などがありました。

 6歳~10歳の部屋は、白を基調とした明るくモダンな感じで、テーブルにペンが置いてあります。この図書館は入るときは結構大変だと思いましたが、中に入ると意外にも撮影はオッケーです。11歳以上の部屋は窓側に読書スペースもあり、日本の漫画もありましたし、キラキラな表紙のローティーン向け青春小説などもあり、硬軟取り混ぜている感じです。自然科学の部屋は、分野ごとに棚が分かれていてとても本が探しやすくなっており、文芸書の部屋には、村上春樹の本、ロシア語の日本昔話などもありました。それぞれの部屋には受付があり、司書(資格を持っているのかどうかわからないが)の婦人が大体ひとりからふたりいて子どもたちの相談にのったり、本を探してくれたり。私も探しているテーマの本があったのでお願いしたのですが、親切に教えてくれました。で、文芸書の受付には、鳥かごが置いてあり、実際小鳥を飼っておりました。

6歳~10歳の部屋。明るい
 最後に訪ねたのが、外国の本がおいてある場所。英国、フランス、中国、トルコ、日本、スペイン、イタリア、ドイツの本が置いてあるということでした。国別に書棚が分かれています。日本の棚にはおなじみの絵本が並んでいました。たくさんの部屋を見ましたが、実は一番印象に残ったのはこの部屋でした。

外国語の本の部屋
 その日本語の絵本の棚を見たときは、嬉しかったですね。そんなに日本から離れていたわけではないけれど、懐かしいというのも変なのですが、日本語を見るだけでほっとしたんですね。ですから、遠く日本を離れてモスクワに赴任している日本人の家族たちにとって、ここはきっと大切な場所であろうことは想像できました。各家庭にも、日本人学校にも日本の書籍はあるでしょう。でも、街の児童図書館にもある!このことは当事者たちにとって決して小さいことではない。そう思ったわけです。

 ページをめくるとロシア語訳が簡単な紙で貼ってあるものも。これも必要な人、子どもにとって、ありがたいことでしょう。司書の方にうかがうと、やはり各国からモスクワに赴任しいる家族、そして各国の言葉を習得しようとしている人がこの部屋を利用すると言っていました。この図書館の界隈は日本人が多く住んでいるエリアだそう。この図書館のこの部屋、この本棚を大げさかもしれないけれど、ひとつの拠り所としている家族や子どもがいるのでは、などと想像しました。知らない国で、その国の図書館に迎え入れられていると実感できたら、それはきっと大きな励ましになるのではないかな。
入館カード

 この図書館は、外観はいかつかったけれど、中はソフトでリラックスできる場所でした。中に入る時のセキュリティは厳しいようにも思いましたが、そのことで子どもたちの安全が守られているわけで、滞在していて安心感は感じました。と言いつつ、廊下の天井の電気工事を柵も注意書きもなくやっているのを見ると、危なくないのかな、と心配になりましたが。

 構造的には、ホールが家の家庭のリビングのような位置づけで、その周りに年齢に合わせた個室がある、みたいとも思えるけれど…そうですね。全体の印象は「家庭的な学校」みたいな感じでしょうか。本を探したり、読む場所であるけど、もうちょっとアクティブな雰囲気。アカデミックな場所だけど堅苦しさはあまりないですし、明るいですし、私は居心地がよかったです。


 そして、今回の図書館見学で来てなんだかとても嬉しかったこと、それは、同行していただいたMさんが、今回来てみてとてもいい場所なので、今度は必ず子どもと来たい、と話してくださったこと。そう、きっと親子で、家族で楽しめる「場所」になると思いますね~。カフェだってありますし!






2015年9月28日月曜日

カランダーシのロシア旅③(メトロでモスクワ動物園)

美術館?
 地下鉄(メトロ)の乗り方を教わって、その日はひとりで動物園に向かったわけです。モスクワのメトロは便利。きっと慣れれば。まずは、どこの駅の地下構内もあたかも宮殿か、美術館かと見まごうような造りになっていて、立派な彫刻や絵画が飾られていて驚かされます。でも、電車は一切の装飾のない、殺風景な乗り物です。年中そうなのか知らないけれど、窓を開けて走るので音が結構うるさい。その爆音道中の車内放送も、駅構内の表示もぜーんぶロシア語のみ。ホント情け容赦ない。スリに注意などの予備知識も頭をよぎるし、緊張の路線乗り換えをクリアして、なんとか目的の駅に着いた時にはもう、ぐったり。

 でも、地上に出て、動物園の外観を見たとたん、ああ、来てよかったと思いましたね。なんと、入場門の前の電柱は、キリン模様。これはいいな。入場料は400ルーブル。さあ、動物園見学のはじまりです。


 ロシアに来たら、動物園に行きたいというのは結構計画当初からありました。理由は、いくつか。ロシア絵本の仕事をしていて、ロシアの子どもや家族の様子を知りたいなとずっと思っていて、それがよくわかりそうな場所だということ。そして、ラチョフやロジャンコフスキーなど動物挿絵の名手が修練の場所として動物園でのスケッチをあげていることを知り、場所は違うにせよ、ロシアの動物園という場所を見てみたかったというのもあります。(ラチョフ氏宅訪問で、ラチョフ氏が実際にこの動物園に来てスケッチをしていたことがわかり嬉しかったな)まあ、外国の動物園、その動物園にいる動物ってどんな感じなのかなっていう単純な興味というのももちろんあります。

 
さてさて、まず目に飛び込んできたのは、水鳥たちの大きな大きな池。その周りを巡る感じで動物を見て歩きます。で、わりと最初に、日本猿のサル山がありました。国が違えども、日本猿といえばサル山なんだと思った次第。おや、下の方のバックヤードへの出入り口がオープンになっていますね。いつでも、下山して身を隠せるようになっているようです。
 
最初の方は鳥類が多いです。木を植え、なるべく自然に近い環境を考えているようです。そして、面白かったのが、きつねさんたち。飼い犬のように人なつっこくて、寄ってきます。小屋で寝ているきつねは何やら寝言を言っているし。
寝言きつね

 
園内には、ぬいぐるみや絵葉書を売っている売店、それから軽食の売店があちこちにあり、いつでも一休みできるようになっています。ウィークディでしたから、お客さんのメインは、学童期前の比較的小さな子どもと、母親、そして、おじいちゃんとおばあちゃんたちです。「見て、見て」と歓声を上げながら目を輝かせる子どもたちを、にこやかにカメラに収める親の姿。これは万国共通ですね。子育て真っ只中の素のままの家族の姿を間近に見ることができる、動物園見学はよい選択だったと思います。そこには、結構がんばっているおじいちゃんやおばあちゃんの姿がありました。そういえば、祖父母世代が若い世代を助け、子育てを応援するというのは、母親でも働くことが当たり前のこの国でのごく普通の姿だと聞きました。こうやって3世代で動物園を楽しむ姿の中に子育ての事情も垣間見えるではありませんか。
王宮?象が小さく見えます

こんにちは!
 
動物たちはというと、驚いたのはいくつかの動物たちの家!です。まずは、象。王宮みたいな外観の、予想を超えた大きさを誇る象舎にびっくり。お庭もかなり広く、砂がしいてあり、水遊び場もついています。象舎の全てが象のスペースではないのかもしれませんが、この大きさは…。もしかすると、寒く長い冬の間、象舎の中だけで暮らさないといけないので、広いのかな。きっとそうですね。そして、ロバのお家。狼のお家。お家にばかり目が行ってしまいました。いずれもなかなか立派でした。

おしゃれなろばの家
 
キリンはぐっとこちらに寄ってきましたし、熊も友好的?でした。それは、嬉しいと思える出来事でしたし、なんだか、ありがたいことだとひとりぼっちの旅行者の心は和んだのは事実。動物の居住スペースを悠然と横切る猫、初めて見たこれまた野性の白黒カラス、突然の雨。そのどれもが旅の大切な思い出として胸に残っています。

 
スタンドでホットドッグと温かい紅茶を買ってお店のそばのテーブルで随分遅い昼食。しばらくして、親子連れがすぐ前に座りました。小さな女の子と目が合うと恥ずかしそうに微笑んでくれました。かわいいなあ。もう二度と会うことはないだろうこのこの子には「元気でね」と心で挨拶をしてそろそろ…
狼の丸太の家



 あ、忘れてました。この動物園のシンボルのご紹介をせねば。ロシアではあちこちで銅像を見るけれど、このあらゆる動物たちの銅像タワーの存在感は圧巻。で、よく見ると、騎士やロシア伝説の山姥、バーバヤガーのお家まで。すごい世界観。これは何か文献でもあったら詳しく読んでみたいかな。

 
実は今回、動物園の半分しか見ていないのです。さらに奥にも広い広いスペースがあるとは知りつつ、次にも行く場所があったので、また来たいなという気持ちを置いてモスクワ動物園にさよならしました。

 
とても楽しい動物園見学でした。残念ながら?スケッチしている人は見かけませんでしたが。

シンボルタワー