2015年9月28日月曜日

カランダーシのロシア旅③(メトロでモスクワ動物園)

美術館?
 地下鉄(メトロ)の乗り方を教わって、その日はひとりで動物園に向かったわけです。モスクワのメトロは便利。きっと慣れれば。まずは、どこの駅の地下構内もあたかも宮殿か、美術館かと見まごうような造りになっていて、立派な彫刻や絵画が飾られていて驚かされます。でも、電車は一切の装飾のない、殺風景な乗り物です。年中そうなのか知らないけれど、窓を開けて走るので音が結構うるさい。その爆音道中の車内放送も、駅構内の表示もぜーんぶロシア語のみ。ホント情け容赦ない。スリに注意などの予備知識も頭をよぎるし、緊張の路線乗り換えをクリアして、なんとか目的の駅に着いた時にはもう、ぐったり。

 でも、地上に出て、動物園の外観を見たとたん、ああ、来てよかったと思いましたね。なんと、入場門の前の電柱は、キリン模様。これはいいな。入場料は400ルーブル。さあ、動物園見学のはじまりです。


 ロシアに来たら、動物園に行きたいというのは結構計画当初からありました。理由は、いくつか。ロシア絵本の仕事をしていて、ロシアの子どもや家族の様子を知りたいなとずっと思っていて、それがよくわかりそうな場所だということ。そして、ラチョフやロジャンコフスキーなど動物挿絵の名手が修練の場所として動物園でのスケッチをあげていることを知り、場所は違うにせよ、ロシアの動物園という場所を見てみたかったというのもあります。(ラチョフ氏宅訪問で、ラチョフ氏が実際にこの動物園に来てスケッチをしていたことがわかり嬉しかったな)まあ、外国の動物園、その動物園にいる動物ってどんな感じなのかなっていう単純な興味というのももちろんあります。

 
さてさて、まず目に飛び込んできたのは、水鳥たちの大きな大きな池。その周りを巡る感じで動物を見て歩きます。で、わりと最初に、日本猿のサル山がありました。国が違えども、日本猿といえばサル山なんだと思った次第。おや、下の方のバックヤードへの出入り口がオープンになっていますね。いつでも、下山して身を隠せるようになっているようです。
 
最初の方は鳥類が多いです。木を植え、なるべく自然に近い環境を考えているようです。そして、面白かったのが、きつねさんたち。飼い犬のように人なつっこくて、寄ってきます。小屋で寝ているきつねは何やら寝言を言っているし。
寝言きつね

 
園内には、ぬいぐるみや絵葉書を売っている売店、それから軽食の売店があちこちにあり、いつでも一休みできるようになっています。ウィークディでしたから、お客さんのメインは、学童期前の比較的小さな子どもと、母親、そして、おじいちゃんとおばあちゃんたちです。「見て、見て」と歓声を上げながら目を輝かせる子どもたちを、にこやかにカメラに収める親の姿。これは万国共通ですね。子育て真っ只中の素のままの家族の姿を間近に見ることができる、動物園見学はよい選択だったと思います。そこには、結構がんばっているおじいちゃんやおばあちゃんの姿がありました。そういえば、祖父母世代が若い世代を助け、子育てを応援するというのは、母親でも働くことが当たり前のこの国でのごく普通の姿だと聞きました。こうやって3世代で動物園を楽しむ姿の中に子育ての事情も垣間見えるではありませんか。
王宮?象が小さく見えます

こんにちは!
 
動物たちはというと、驚いたのはいくつかの動物たちの家!です。まずは、象。王宮みたいな外観の、予想を超えた大きさを誇る象舎にびっくり。お庭もかなり広く、砂がしいてあり、水遊び場もついています。象舎の全てが象のスペースではないのかもしれませんが、この大きさは…。もしかすると、寒く長い冬の間、象舎の中だけで暮らさないといけないので、広いのかな。きっとそうですね。そして、ロバのお家。狼のお家。お家にばかり目が行ってしまいました。いずれもなかなか立派でした。

おしゃれなろばの家
 
キリンはぐっとこちらに寄ってきましたし、熊も友好的?でした。それは、嬉しいと思える出来事でしたし、なんだか、ありがたいことだとひとりぼっちの旅行者の心は和んだのは事実。動物の居住スペースを悠然と横切る猫、初めて見たこれまた野性の白黒カラス、突然の雨。そのどれもが旅の大切な思い出として胸に残っています。

 
スタンドでホットドッグと温かい紅茶を買ってお店のそばのテーブルで随分遅い昼食。しばらくして、親子連れがすぐ前に座りました。小さな女の子と目が合うと恥ずかしそうに微笑んでくれました。かわいいなあ。もう二度と会うことはないだろうこのこの子には「元気でね」と心で挨拶をしてそろそろ…
狼の丸太の家



 あ、忘れてました。この動物園のシンボルのご紹介をせねば。ロシアではあちこちで銅像を見るけれど、このあらゆる動物たちの銅像タワーの存在感は圧巻。で、よく見ると、騎士やロシア伝説の山姥、バーバヤガーのお家まで。すごい世界観。これは何か文献でもあったら詳しく読んでみたいかな。

 
実は今回、動物園の半分しか見ていないのです。さらに奥にも広い広いスペースがあるとは知りつつ、次にも行く場所があったので、また来たいなという気持ちを置いてモスクワ動物園にさよならしました。

 
とても楽しい動物園見学でした。残念ながら?スケッチしている人は見かけませんでしたが。

シンボルタワー
 













2015年9月23日水曜日

カランダーシのロシア旅②(ラチョフ氏宅を訪ねて)

※以下はラチョフ氏の著作権所有者トゥルコフ氏の許可をいただいて書かせていただきました。

ラチョフ氏の仕事場だった部屋
モスクワに来て2日目。絵本「てぶくろ」や「マーシャとくま」などの画家、故エフゲーニ・ラチョフ氏の仕事場を訪ねた。カランダーシが絵本「うさぎのいえ」を出版してから2年。遅ればせながらのご挨拶が目的だ。そして、この訪問は、ラチョフ氏をより深く知る大変意義深いものとなったと思う。それと、これは余談めいた話になるのだが、この訪問にはちょっとした後日談があり、そのことも含めとても印象深い思い出となっている。

 9月といえども、ロシアはすでにもう寒かった。気温は16度あたり。コートを着て、薄手のマフラーを首にまいて轟音と共に地下鉄を降り立ったのは午後の2時。ラチョフ氏の息子であり著作権管理者であるトゥルコフ氏がにこやかに出迎えてくれた。メールではたくさんやりとりはしてきても、お会いするのは初めて。まずはご挨拶。お会いできた喜びを伝える。地上の街に出てしばらく、背の高い近代的なオフィスビルがあり、大きな通りにはたくさんの車が行き交っている。トゥルコフ氏は、建物の裏手の静かな道を選んで自宅まで案内してくれた。

壁に飾られた作品
 ソ連時代、芸術家のために建てられたという煉瓦作りの重厚な集合住宅。一階には展示会もできるスペースがある。無骨なエレベーター、人の気配を感じない廊下。古い石の建物のひんやりした空気感にちょっと怖気づく。でも、ご自宅の扉を開けて招き入れられたとたん、棚に飾られているラチョフ画の絵の動物たちが目にとびこんできた。「ああ、こんにちは!」一気に気持ちが緩む。

 通していただいた、ラチョフ氏が使っていた仕事場をそのまま使っているという部屋には、大きな窓があり、部屋の中心にラチョフ氏が仕事をしていたというどっしりとした机が置いてあった。その背面や窓側の壁面の本棚には、ラチョフ氏の手がけた本がたくさん並んでいる。カランダーシ刊の「うさぎのいえ」も表紙を見せて飾っていただいていた。恐縮。でも嬉しい。

 通訳をお願いしているMさんを交えて、まずは、その大きな机の上に積み重ねて置いてある本を見せていただいた。次々とページをめくる。ああ、このお話、知っている!これは、どんなお話なのかな。このねずみのお話は面白そう。絵本は一瞬で読み手の心を掴み、異国から来た緊張気味の旅人の胸襟を開かせてくれた。

迫力のある動物描写
 どこの何の話がきっかけだったのか覚えていないが、ラチョフ氏の生い立ち、生涯についてのお話を、温かい紅茶をいただきながらうかがうことになった。幼少時、シベリアの祖母に預けられたいたが、14歳の時、ひとりはるばる母のもとまで列車の屋根に乗るなど苦労して帰ってきたこと、その時助けてくれた兵士のこと、15歳で港で働きだしたこと、チフスにかかったこと、その後、芸術の道を歩み始めたこと、戦争で前線にいたけれど戻され、芸術家であることから新聞の仕事をしていたこと、軍での昇進は望んでいなかったこと、そして終戦。この世で一番恐ろしい動物は人間であると思ったということ。(シベリアで野生の動物のすぐそばで育ったラチョフ氏。一般人よりも動物の恐ろしさや狡猾さなどを知っていたはず。そのラチョフ氏が言ったこの言葉は重い)
 
 知っている話、知らない話、両方あった。でも、トゥルコフ氏はそれはどっちでも構わなかったのだと思う。父親の作品だけではなく、生きてきた人間としてのラチョフ氏のことをよく知ってほしいという思いが伝わってきた。

 トゥルコフ氏は、ラチョフ氏と血のつながりはない。母親の再婚相手がラチョフ氏であり、兄弟がいたが、亡くなり、子どもたちは独立して他で暮らしており、今はひとりでこの家に住んでいるという。地上の大きな通りではたくさんの車が行き交っているが、この部屋にはその騒音は届いてこない。昔からきっと変わらない静謐な時の流れを感じる。芸術家である父親の仕事を包んで支えたであろうこの静けさをトゥルコフ氏もまた愛しているのだろうと思う。そう、ここに来る時、騒がしい道を避けていたことからもそれはうかがえる。

 トゥルコフ氏はラチョフ氏に「一度も、どなられたことはない」そうだ。優しい人だったと言う。そして、仕事への真摯な取り組みをつぶさに見ていたので、言うことをきかざるをえなかったと語ってくれた。それは、具体的にはどういうことなのか。ある質問をしたことで、よく理解することができた。

 それは、動物描写についての質問だった。「ラチョフ氏は何か写真や絵のようなものを見ながら、描くということはあるのですか」とたずねたのだ。それに対してトゥルコフ氏は「いいえ、手で覚えているからそんなことはしません」と答えた。

 手で覚えている。それは、何度も何度も描いて修練を重ねることにより、手が覚えるので、動物のどんな動きでも(何も見ずに)描くことができるということ。対象の骨格、筋肉、毛並み、眼差し、そして感情までもが描いた時に「本物」であるために、手で覚えるまで、描きこむことなのだ。動物挿絵画家の第一人者の真髄。才能だけではない、そのひたむきな仕事への姿勢を、トゥルコフ氏は傍らで見てきたのだ。

目を見張った挿絵
 そして、今回、私は、今まで知らなかったラチョフ氏の作品を見る幸せに恵まれた。ひとつは、アヴァンギャルド的表現をしていた頃の絵。抽象化された表現はしかし、ラチョフ氏の本来の個性を生かすものではなかったのだろうと感じた。それから、今回の訪問で最も印象に残ったのは、彩色のない緻密な線画の挿絵の仕事。特にこの一枚。生きている動物をそのまま絵に閉じ込めたような、瞬間を見事に表現していて圧倒されてしまった。

 ラチョフ氏のこういった挿絵の仕事の中で、最近再評価され復刻されたものを見せていただいた。珍しいSFを手がけた挿絵だ。そこでは、恐竜も描いていて、それがまた素晴らしいのだ。動物民話の挿絵とはまた違った絵の表情を見ることができたのは発見だった。

 話は尽きなかった。(部屋に飾られている流木アートについても少し話しをうかがったが、このブログではまた別の機会に。)でも、おいとまをする時間となり、玄関へ行き、コートを着た。挨拶をかわし、私とMさんは大きな煉瓦作りの建物を出て、地下鉄の駅に向かった。そして、しばらくして、私はマフラーを忘れたことに気づいたのだった。電話をして引きかえすと、途中まで、トゥルコフ氏がマフラーを持ってきてくださっていた。

「忘れ物をするということは、またその場所に戻ってくることを意味します。また、あなたはまたここへ来るでしょう」という言葉に私は肩をすくめ、お詫びをし、再度さよならをして帰路についた。今回の訪問。すでに亡くなっているラチョフ氏とは会えないのは仕方がないのだが、トゥルコフ氏の端正で温厚な佇まいから父親ラチョフの姿を充分に感じることができたと思っている。

恐竜もリアル
 さて、マフラーを忘れる。これは、反省すべき不手際。でも、このことは私にとって忘れられないエピソードとなった。で、ここからは、冒頭文に書いた余談の話。2年前、私はある出版物に、ラチョフ氏の絵本を出すことによって、あの「てぶくろ」の最後で散り散りになった動物を呼び戻したいのだ、みたいなことを書いた。随分観念的な話だ。そして、書いたそのこと自体も忘れていた。けれでも、マフラーを忘れたことをきっかけに思い出したのだ。

 そして、私は、動物たちを呼び戻すことが(想像の中だけど)できたと思っている。

それは、マフラーを何故忘れたんだろう。などと考えてきたときふっと降りてきたイメージなのだが、ある絵が鮮明に脳裏に浮かび上がったのだ。それは、私の忘れたマフラーにあのラチョフの描いた「てぶくろ」の動物たちがくるまっている絵だ。私がマフラーを玄関に忘れて家を出てから、トゥルコフ氏がそれを持って出て行くほんの短い間、あの動物たちが次々にやってきてマフラーにくるまっていたであろうという想像!

 そう。これはイメージの話で、とても個人的な感覚の話。でも、私は散り散りになった動物たちを一瞬呼び集められた暗示をもらった気持ちでいるのだ。随分手前勝手な話だけど、これもひとつの旅の贈り物であると思うことにした。





 


 

2015年9月19日土曜日

カランダーシのロシア旅①(旅の始まり)


こんにちは、モスクワ!
 初めての一人旅。初めてのロシア。このふたつの組み合わせは、ちょっとどうなんだろっていう思いを抱きつつも、急に出版を決めた絵本「わいわいきのこのおいわいかい きのこ解説つき」制作作業に忙殺された夏が過ぎようとする頃、印刷会社に何とかギリギリでデータを渡し、あわてて大きなトランクに荷物をぶちこんで、私は成田からモスクワへ飛び立ったのでした。

 で、旅行を終えて感想をひとことで言うと、「行ってよかった」に尽きます。でも本当、勇気、絞り出しましたという感じ。往きの飛行機では、映画「マッドマックス 怒りのデスロード」を観ていたのだけど、途中、張り詰めている気持ちを揺さぶるようなドキドキ感に耐え切れず、刺激の少なそうな「脳内ポイズンベリー」に変えたくらい。でも、帰りの飛行機では「マッド」の続きをすんなり観られたんですね。ロシアにいる間、緊張はずっとしていたのだろうけど、それに勝る好奇心と興奮に導かれ、経験値を上げ、少しはたくましくなったのかもしれません。

機内食は往きも帰りも全て完食
 以前から仕事柄、いつかはロシアへ行く希望はもっていたのですが、現実的に旅への背中を押してくれたのは、私のロシア語の先生ですね。ロシア在住の経験から以前からロシアの魅力や面白さを教えてもらってはいたのですが、ぼんやりしたロシアへの憧れをどんどん具体的なプランに置き換え、現地での強力な助っ人まで紹介してくださるにいたり、もう行くしかないと心を決めたのでした。いわゆる集団のツアーでは行かないようなところにしか関心がない、ちょっと変わった旅人がこうして誕生したのでした。そう、そして、家族の理解と応援!心配しながらも私を強力サポートで送り出してくれました。

 カランダーシの初ロシア旅。旅の計画の柱のひとつは「うさぎのいえ」の画家ラチョフ氏代理人へのご挨拶。ひとつは商品の仕入れ。ひとつはロシアの子どもと子どもの本事情を知るための場所へ行くことなどでした。そして、「きのこ狩り」という夢のようなプランが、現地での強力なサポーターを引き受けてくださったコーディネーターMさんのご厚意で実現できることとなり、ロシアの森ときのこを楽しむ、という素敵な計画が加わったのでした。

 さてさて、モスクワに着き、迎えに来た時速100キロ超えなんて当たり前なタクシーの後部座席には見回してもシートベルトはなく、躊躇ない強引な車線変更や割り込みにおののきながら「これがロシアか」と思った次第。外を見ると日本車率高し。そして目に飛び込んでくる白樺の林!林!林!


きのこの棚
 ホテルでは、先生と練習した「チェックインの会話」を行使して、パスポートもすぐ返してもらえたし、朝食の時間も教えてもらったし、6階の一番隅っこの部屋に着いた時にはホッとしました。と同時に一瞬すごいホームシック感に襲われたのも事実。

 でも、夕方早い時間だったので、私は果敢にも?フロントへ出かけ、近所のスーパーマーケットの場所を聞いて出かけたのでした。どんな場所に行っても、その地のスーパーや市場を見るのが好き。そういう場所に行けば、その地の暮らしぶりに触れられてぐっと親近感が増します。ホテルから5分の場所にあった複合ショッピングセンターの地下の食品売り場は、私にとってロシアでのファーストわくわくワンダーランドスポットになりました。

 そう。全ての棚をゆっくり見ながら、私は自分が随分と旅の緊張から開放されてくるのを感じていました。あ、お醤油や寿司酢だ、あ、おなじみのチョコレートもたくさんある。え、きのこ瓶詰め、缶詰がこんなにあるの?お惣菜も売ってる、いい匂い!家族連れ、ママは仕事帰りかな…。そして、私はロシアで初めての小さな買い物をしました。ケーキの花飾り。これはかわいい!

思わず購入
 夕食は、ホテルのカフェでサンドウイッチとピロシキを選んで、使ってみたかったフレーズ「С собой. пожалуйста.スサボーイ。パジャールスタ(お持ち帰りをお願いします)」でテイクアウト。でも、その後、お店の人に早口でぺらぺら話しかけられたのだけど、それは残念ながらよくわからなかった。後日、ロシア語の先生が言うには「スサボーイという結構慣れた?言葉を知っているから、この人は話しかけても大丈夫と思われたのかもしれませんね」とのこと。そうなのか。ごめんなさい。


 といういわけで、いよいよ次の日から、本格的ロシアの日々が始まるわけですが、バスタブにお湯をはりながら、洗濯ものをごしごししながら、「今、私はロシアにいるんだな、嘘みたい」なんてなんとも不思議な気持ちでいたわけで、ああ、そんな自分が今ではとても懐かしいな。